平安時代に流行ったエロの五大奇祭

「源氏物語」を読めば分かるように、平安時代の宮廷社会といえばエロス満載でした。高貴な身分の男女が和歌を詠んで思いを表現し、その後濃厚な性交に及ぶ。まさに平安時代は奔放な性の狂宴が至る所で繰り広げられていました。

宮廷社会だけではありません。平安時代には、「性の五奇祭」とよばれる一風変わったお祭りが行われていました。ここではこれらのお祭りを紹介し、平安時代を生きた人々がどのように性と向き合ってきたかを見ていきます。

江州筑摩社の鍋破り祭り

滋賀県米原市にある筑摩神社で行われてきた祭りです。ここで行われるお祭りは、奇怪で痛快。ここでは参加女性が一年間に交わった男性の数だけの鍋を被り、神社に参拝するという儀式が行われます。神様に申告する大切なお祭りなので、当然ウソはダメ。鍋を被った女性は、村人たちに男性関係を赤裸々に告白することになるのです。

しかし、当地に住む女性たちは、それほどこのお祭りを恥とは感じていなかったという見方もあります。滋賀県米原市は伊勢神社のある伊勢市とも近く、皇族一行が朝廷のある都から東国へ巡行する際の通り道にもなっていました。そのため人の往来が激しく、出会いも盛んで当地の女性が来訪者の男性とたくさん性交する機会もあったといわれます。そうした風土もあり、鍋破り祭りではむしろ被る鍋の数が多いほど、誇りになったことが考えられます。

越中鵜坂社の尻叩き祭り

富山市の鵜坂神社で行われたお祭りです。ここでは女性が、男と交わった数だけ榊の枝で尻を叩かれる、というお祭りです。趣旨は筑摩神社の鍋破り祭りと同じで、やはり女性の男性関係にスポットが当てられています。ここでも、尻を叩かれる女性は決して罰を受けているわけではなく、むしろその数を誇りとして捉えていい空気があったといわれます。

鹿島神宮の常陸帯

鹿島神宮のある常陸地方では、平安時代多くの女性が男を知っていることは恥ではなく、ごく当たり前のことに過ぎなかったといいます。そうした土地柄で行われる常陸帯という祭りは、今夜の相手を決める場合、帯に抱かれたい男の名前を希望の数だけ書いて神前に供えると、不思議なことに一枚だけが裏返り、その男を女は選ぶ、という儀式です。神社の氏神様に、今晩の男の相手を選ばせるというのですから、当時の人たちの感覚からすればセックスはよほど高貴な行いだったのでしょう。

江文社の大原雑魚寝

京都左京区にある江文社の大原雑魚寝は、江戸時代まで続いたといわれるお祭りです。大原雑魚寝は、あちこちの家で豆まきが行われる節分の夜に、地元の男女が灯籠の灯りのもと集い、拝殿に雑魚寝して好きな人と性交を結ぶというもの。ここで男女の営みを交わして結婚までしたカップルもたくさんいたとのことです。

奥州の綿木

綿木とは、30センチくらいの低木で、5色の彩りがある華やかさで知られます。奥州では、古来より男が女に恋心を打ち明ける儀式に用いられてきました。男は女に会うため、相手の家の前に綿木を立て、様子を見ます。家の中から女が出てきて、迎え入れる気持ちがあれば木を取り入れます。しかし、その意思がなければ木はそのまま放置されます。告白に失敗した男は、別の女性の家で再チャレンジし、千本までチャンスが与えられたといいます。

その昔、私たちの祖先はこうまでも大胆で、野放図な性意識を持っていたのです。恋愛にナイーブな現代の私たちは、平安時代の人たちを見習って、もっと積極的に恋とセックスを楽しんだほうがいいかもしれませんね。

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