寺の境内で出会って茶屋であいびき

落語に「崇徳院」という話があります。ある若旦那が病気で寝込みますが、その理由が恋わずらい。若旦那を助けようと熊五郎が駆けずり回るという内容です。若旦那が女性と出会ったのは清水寺。忘れ物をして帰ろうとしている女性に声をかけたことから恋が芽生えます。相手の女性は、崇徳院の和歌の上句「瀬をはやみ岩にせかるる滝川の」と書いた紙を渡します。江戸時代には、お寺が出会いの場所だったことがわかります。

渡された和歌が「いつかどこかでまた出会いましょう」という謎かけであることに、後になって気がついた若旦那は、一目ぼれの恋の熱で寝込んでしまいました。若旦那を救うため、熊五郎が相手の女性の情報収集に駆けずり回ったのは、床屋と銭湯。江戸時代には、床屋と銭湯が重要なサロンだったことがうかがえます。尚、物語のオチは、落語らしい笑いになります。

こうして出会った男女が深い関係になる場所は「茶屋」でした。

茶屋でのあいびき

「好色一代男」には、町中で女性にナンパされる話も登場します。男が芝居小屋に入ろうとするところを女性に呼び止められ、親の仇うちをするので後ろ盾をして欲しい、と頼まれます。男は、近くの茶屋に女を待たせ、家に帰って武具を身に着けて戻ってきます。すると、女は「命の仇」といって張形を取り出しました。実はセックスをしたいばかりの、逆ナンだったというわけです。そのまま二人は茶屋の一室で結ばれます。

江戸時代の茶屋にはさまざまな種類がありました。本当にお茶を出すだけの喫茶店もあれば、料理を出す「料理茶屋」、芝居小屋とセットになった「芝居茶屋」、ウェートレスが売春もする「色茶屋」などがあり、時間制で部屋を貸す「出会茶屋」というものもありました。必ずしも男女が性行為をするだけでなく、普通に泊る人もいたので、ラブホテルというよりシティホテルに近かったでしょう。茶屋は、男女が性交するのに欠かせない場所でした。

歌舞伎デートもエロティック

歌舞伎には、現代のものよりもずっと砕けたエロチックな内容の芝居もありました。桟敷席は狭いため、濡れ場を見ながら密着していれば、もぞもぞとまさぐりあう男女もいたでしょう。帰りには、どこか適当な場所で二人きりになりたくなるのが普通です。そういう時には、茶屋が性欲発散の場所となりました。

江戸時代には、寺で出会ったカップルは、歌舞伎などの芝居でエロチックな気分を盛り上げて、茶屋の個室で性行為におよんでいました。

Copyright(c) 2013 日本の歴史に見る恋 ~平安時代から近代までの日本人の恋愛模様 All Rights Reserved.