男女の性が入り乱れた江戸の歌舞伎

現代の歌舞伎役者は、有名女優やアナウンサーとの結婚報道で世間を賑わすくらいのモテモテの対象です。歌舞伎は江戸時代初期に誕生し、多くの花形スターや名演目を生み出して日本を代表する文化にまで成熟しました。そんな歌舞伎も、紆余曲折の成立過程があって今の姿があります。その過程を細かく見ていくと、「歌舞伎と性」の関係が見えてきます。

もともとはただのストリップ?

歌舞伎が誕生したのは、江戸時代初期の1603年。出雲阿国率いる女性集団が、朝廷に対して披露した「かぶき踊り」なるものが発祥といわれます。着物の裾をからげて太ももを露わにする踊りは評判を呼び、至る所でかぶき踊りをする団体が現れました。

私たちが知っている歌舞伎のように、役者が芝居を演じるという形ではなく、女性たちの卑猥な踊りが売りだったようです。今で言うストリップショーみたいなものでしょうか。内容が内容だけに、集まる客も下心むき出しで、いつしかかぶき踊りは売春の温床となっていきました。これまた現代風に訳せば「内緒で本番アリのストリップショー」ということでしょう。やがて風紀の乱れを問題視する幕府ににらまれ、かぶき踊りは廃止に追い込まれます。

男性歌舞伎誕生で武士達に大人気

かぶき踊りの影響を受けて誕生したのが、野郎歌舞伎です。その名の通り、男性役者演じる歌舞伎芝居です。現代の歌舞伎も全て男性役者が演じているように、この野郎歌舞伎が現在の歌舞伎の原型と考えていいでしょう。

歌舞伎の舞台にあがる俳優たちはみな美形で、女性より男色を好む武士たちに人気があったといいます。あまり知られていないことですが、江戸時代の男女比率は3:1。このいびつな人口構造が多くの男性を男色に走らせたといいます。歌舞伎俳優を巡って武士同士がトラブルを起こした例は枚挙に暇がなかったといわれます。男も魅了するほどですから、江戸時代の歌舞伎役者の人気ぶりは今の比ではないといえるでしょう。

有名な江島生島事件

江戸時代の歌舞伎俳優の人気は庶民だけでなく、大奥の女性たちにも及びました。それを象徴するのが、かの有名な「江島生島事件」です。

「江島生島事件」とは、大奥の江島と歌舞伎役者の生島新五郎の逢引に端を発したス一大キャンダルで、関係者が1400人も処罰されるなど、江戸城内に大きな波紋を広げました。

江島は、歌舞伎スターの生島にかなりの入れ込みようでした。もちろん、こんなスキャンダルが表に出れば江戸中が大騒ぎですから、二人の密会は極秘裏に行われたといいます。しかし、トラブルが重なって江島は門限の時刻までに江戸城に戻ることができず、閉め出されてしまいます。その結果、歌舞伎役者との色恋沙汰がばれ、江島をはじめその取り巻き連中が一網打尽に処分されました。

実はこの事件、幕府内の政治権力闘争が絡む陰謀だったという説もありますが、真相は定かではありません。本当に江島と生島は恋仲だった可能性もあり、実際に江島がお忍びでちょくちょく生島の芝居を観覧するために出かけていたという話もあります。この事件に限らず、モテモテの歌舞伎役者ですので、いろいろなところで恋の花を咲かせていたことが想像されます。

歌舞伎の魅力は、芝居の面白さの他に、人間の本質をあぶり出す神秘性にもあるといえるでしょう。そんな視点で歌舞伎を見るのも面白いかもしれませんね。

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