男色ほど美しい遊びはない

日本では平安の時代から貴族の間では男色が普通に行われていました。ただ、多くは「ゲイ」ではなく「バイ」。女性とも性行為をしている人たちが、一種の遊びとして男性との性行為を楽しんでいました。平安時代や鎌倉時代には貴族や武士のたしなみでしたが、江戸時代には一般庶民の間にも男色が広がります。

男性にとっては一種のファッションであり、男としての色事のひとつでもありましたが、中には本当に男性しか愛せない人もいたようです。

男色は誇らしいもの

イタリア人宣教師が日本を訪れた際に残した文章の中に、男色の記録があります。それによれば、「口にするのも耐えられないような色欲の罪にふけっている」「彼らはそれを重大なこととは考えず、若者も関係した相手の男も、これを誇らしげに公然と口にしている」とのことです。

欧米ではキリスト教の影響で男色がタブーとなっていましたが、日本では伝統的に許容されてきました。「好色一代男」に登場する世之介は、女性3742人とセックスし、男性とも725人関係を持ちました。当時の男色のほとんどが「両刀使い」で、趣味として男性との性行為を楽しんでいたようです。いわば一種の男のたしなみのようなもので、美意識の高い人ほど男色を好みました。

男色の性交は若いうちから棒を使って慣れさせて、行為の際には「ねり木」と呼ばれる、とろろあおいの粉を粘液にしたものを潤滑油として使っていました。

純粋なゲイもいました

西鶴の「男色大鑑」にはゲイの話もあります。63才と66才の男性が、犬と暮らしていました。歳をとっても身だしなみに気をつかう老紳士たち。ある人がどういう関係なのかと尋ねると、10代のころから愛し合っているカップルだと答えます。横恋慕した他の男が割り込んできたために殺してしまい、それ以来隠れ住んでいるのだということでした。

男性が眉目秀麗な男子にほれ込む話はたくさんありますが、何十年も一緒に暮らし、老いてもなお共に生き続けているゲイの話は、非常にまれです。ふたりは徹底的に女性を嫌っており、男を愛しています。美意識から生まれた男色ではなく、本当に男と男が愛し合うような恋愛も、あったのでしょう。

江戸時代には男色が広く一般的に行われており、「恥ずかしい」ものではありませんでした。男性にとっては、遊女と遊ぶことと同様に、男性と遊ぶことも「かっこいい」ことのひとつだったようです。中には、男性同士本当の恋を大切にする人もいたようです。

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