島崎藤村の魔の手を逃れ中村屋を起こしたセレブ妻

老舗のパン屋と言えば新宿の中村屋、カレーライスも評判のお店です。明治時代にこの中村屋を起こし、大成功させたのは、相馬黒光と(こっこう)いう女性です。黒光は本名をりょうといい、宮城県の士族の娘として生まれ、宮城女学校に通った後16才で上京して、フェリス女学院に入学、途中で明治女学校に転校しました。明治女学校では島崎藤村にかわいがられ、あやうく貞操を奪われそうになりますが何とか逃れ、別の男性と結婚してパン屋を始めたのです。藤村の愛人になっていれば幸せに結婚することもなく、中村屋を起こすこともなかったでしょう。

若く、美しく、才気あふれる娘は、おじさんにかわいがられる!?

黒光(こっこう)は早熟で、幼いころから才気活発、おまけに美しい女性でした。士族の出身のため気高く、生活が苦しくとも気高く生きる人で、「アンビシャス(野望・志)ガール」と呼ばれていたそうです。美人の才女はどこにいってもかわいがられるものですが、明治女学院では、巌本善治や国木田独歩、島崎藤村などに寵愛されました。教育者としてかわいがるだけなら良いのですが、しばしば性的なかわいがり方をする教師がいます。特に島崎藤村は、若く美しい生徒にちょっかいを出す「色情狂」として有名でした。

黒光(本名は、りょう)の貞操を心配した巌本善治は、文学を志す彼女に「黒光」という地味なペンネームをつけさせ、色気を封印したと言われています。あまりの美しさを「黒い光で包み隠す」という願いが込められたのです。そのおかげかどうかは定かではありませんが、藤村の「お手付き」になることはありませんでした。

失恋のショックで別の男と急きょ結婚!

黒光には思い寄せる男性がいました。布施淡(ふせ あわじ)という青年画家です。ふたりの間に性的な関係があったかどうかは不明ですが、布施は別の女性と結婚してしまいます。幼いころから男性たちにもてはやされ、女学校では教師たちからもかわいがられ続けてきた黒光にとって、この失恋は大ショック。失意があまりにも大きかったために、適当な男性との結婚を決めてしまいます。信州の農村出身で、蚕の研究をしている相馬愛蔵という青年です。

愛蔵と結婚すると信州の田舎町で「農家の嫁」として暮らし始めますが、それまで、知的な人々に囲まれちやほやされてきた黒光にとって、田舎の農村生活は肌に合いません。とうとう嫌になって、夫とともに上京することにしたのです。東京に出てきても特に仕事があるわけではありませんでしたが、才気あふれる彼女は、「東京帝大の前でパン屋を始めればもうかるかも」と思い付き、赤門前に店を開きました。当時は「パン」はしゃれた食べ物であり、帝大のおぼっちゃまたちには受けるだろうと考えたのです。

これが予想以上に大ヒット。商売繁盛して、後に店を新宿に移転しました。ビジネスで成功した黒光は、芸術家のたまり場として「中村屋サロン」を開くなど、多くの芸術家や作家のパトロンとしても活躍することになります。

藤村の魔の手から逃れたことと失恋が彼女の成功につながり、芸術の育成という大きな仕事にもつながったのです。晩年の黒光は、芸術界のグランドマザーと慕われました。

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