性器の呼び方もいろいろ

性器の呼び方もいろいろあります。男性器は、ペニス、男根などの他、「ちんちん」「ちんぽ」「ちんぼ」などとも呼ばれます。「小さい」という意味の接頭語である「ちん」と、武器の「矛」(ほこ)がつながり、「小さな矛」という意味で「ちんほこ」「ちんぼこ」。それがさまざまに変化しました。

女性器の方は語源があいまいで、「体の中心」という意味の「真処」(まこ)という説や、「女子」を「めのこ」と読んだからというものがあります。徳川家康の側室「お万の方」の女性器の具合が良かったことから「おまん」が女性器をさすようになったとも言われます。「女陰」などとも言われますし、性器周辺のことを「陰部」とも言いますが、「陰」という呼び方は平安時代にも使われていました。当時は「陰」を「くぼ」と読みました。

古事記では女性器「ほと」と呼んでいます

古事記や日本書紀には男女が性交する場面が何度か登場します。イザナギとイザナミの性交のシーンには誘い文句として、「美斗能麻具波比為む」(みとのまぐわいせむ:セックスしましょう)とあります。「ミトノマグワイ」の「ミ」は単なる接頭語で意味がなく「ト」は性器のことです。「マグワイ」は合わせることで、ミトノマグワイは「性器を合わせる」という意味になります。当時は「ト」に性器の意味があったようです。

他の性交を表現する箇所では、「其の美人之富登を突きき」(その美人のホトをつきき:その女性のヴァギナに挿入した)とあり、女性器を「富登」(ほと)と表現しています。他にも「陰上」とかいて「ほと」と読ませたり、単に「陰」だけでも「ほと」と読ませています。身分の高い女性の陰部は「みほと」も呼び、「美蕃登」「美保土」「御陰」などの字があてられています。「不浄」と書いて「ほとどころ」と読ませる呼び名もありました。

平安時代には、「くぼ」「つび」などの呼び名が登場

9世紀の「霊異記」には、「ここに経師、たわれの心さかりにおこり、嬢(おんな)の背にうずくまりをり、裳を挙げて婚ふ(くなかふ)」とあります。経師(きょうじ)とは写経をする専門家で、仕事中に急に性欲がたかまって、そばにいた女性の服をたくし上げて後ろから性交をした、という話です。

この書では、男性器は「まら」、女性器は「しなたりくほ」「くぼ」と呼ばれています。10~11世紀の「宇津保物語」「今昔物語」では女性器を「つび」、「おんなのつび」などと呼んでいます。

時代時代によって、性器の呼び方は大きく変遷を遂げてきました。遠い将来、果たして私たちの子孫はアレを何と呼んでいるのでしょうか。

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