やり捨て御免!新撰組局長・近藤勇の豪快芸者遊び

「御用改めでござる!手向かう者は切り捨てる!」こう言い放つや瞬く間に浪士数人を切り倒した新撰組局長・近藤勇。世に言う池田屋事件で名を挙げた彼は、幕末京都で確固たる地位を築くや、その名声と資力をバックに、何人もの芸者を囲む豪遊生活を始めます。近藤勇が引かせて愛人にした女性の数は4、5人に上るとも。天然理心流の当主として一流の剣術使いでありながら、あちらのほうの腕前も超一流だったようです。

島原木津屋の遊女・金太夫と、植野

池田屋事件で名を挙げた後も、数多くの手柄を立てて幕府の信用を勝ち取った新撰組。知名度も上がって生活振りも良くなった彼らは、京都の遊郭通いや茶屋遊びを謳歌します。その中でも特に局長・近藤勇の女色ぶりは有名で、数多くの芸者と浮き名を流しました。

まず近藤の目にとまったのが、島原木津屋の金太夫。京都の遊女街でも絶世の美女として有名だった彼女を近藤は一目で気に入ったといわれます。このとき、金太夫は23歳。金太夫としても、英雄肌の近藤に抱かれて、さぞ快楽を覚えたことでしょう。

京都でも5指に入るといわれる金太夫の体をほしいままにしながら、近藤は上七軒の植野という芸妓をも見初めます。植野は金太夫みたいな美人タイプではなかったものの、実父が京都所司代の部屋頭という地位にあり、政治権力的にその家と仲良くしておくことは新撰組としてもうまみのある話です。そんなしたたかな計算もあってやや強引に植野を引かせたらしいですが、もちろん色好みの近藤としては芸者を一人囲うことで泊もついたことでしょう。

有名な美雪太夫、その妹にも…

近藤に寵愛された愛妾でもっとも有名なのが、京都島原の芸妓・美雪太夫でしょう。金沢出身の背の高い色白美人で、そのスレンダーながら妖艶なボディは肉食の近藤には堪らない魅力に映ったことが想像されます。美雪太夫は当初、別の旦那の家に囲われていたのですが、近藤は市中取締役という権威を使って自分のものにしてしまいます。

しかし、ここで終わらないのが近藤の近藤たる所以です。美雪太夫には、一緒に住んでいたお孝という妹がいましたが、近藤は美雪太夫が病気になって家を離れている隙に、彼女に手をつけてしまったのです。怒った美雪太夫は手切れ金200両を請求して近藤と決別。一方の近藤は、お孝との間にお勇という一女をもうけました。新撰組が京都を離れると同時にお孝は近藤と別れますが、娘一人を抱えて生活できなくなり、娘を姉に預けて単身異国の地へわたります。近藤に振り回された悲しい姉妹の物語ともいえます。

愛妻家の一面も?

豪傑らしく派手な女性関係が際立つ近藤勇ですが、意外にも愛妻家らしい一面も持っていました。近藤は京都に出向いて新撰組を結成する前に、江戸で幕臣の長女・おつねと見合い結婚しています。そのおつねとの間には、たまといいう一女をもうけていました。

近藤は鳥羽伏見の戦いで政府軍に敗れ、江戸に戻ったとき、妻おつねに京都土産の銀の指輪をプレゼントしています。江戸へ向かう船上では、「妻子に会うのが楽しみだ」としきりにこぼしていたそうです。

京都で数多くの花魁や遊女と浮き名を流した近藤ですが、江戸に残した家庭では優しくて娘思いの父親であったのかもしれませんね。

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