親切にも、現地妻紹介制度もありました

都会に暮らす人々は、神社での祭りの場や、「辻」などでのナンパで男女が出会うことができました。必ずしも男性優位の社会ではなく、女性が積極的に男性を見つけることもあったようです。農村部でも、農作業の協業や灌漑設備を建設するための共同労働で、男女の出会いの場はしばしばあったでしょう。

しかし、地方から公務で上京してきた人たちは、都市生活に慣れるのに時間もかかるので、「出会い」のチャンスは多くはありません。そのため、紹介システムがあったようです。

女性の紹介をするシステムがありました

「今昔物語」にある話です。中級貴族の娘が両親の死後、没落して下女と年老いた尼と暮らしていました。ある時近江から上京した役人が尼のところを訪ねてきて、セックスさせてくれと頼みます。尼は、私はもう年寄りだから役不足で楽しくないだろうから、この家の独身の姫君を紹介しようか?と申し出ます。男は、そんなに美人なら妻にしても良いので紹介してくれと頼みます。

尼はこの男のことを姫君に熱心にすすめますが、姫は「相手の身分が低いから」と気に入りません。そこで尼は、ある晩、男を招き入れ姫に夜這いさせて関係を持たせてしまいます。尼がなにがしかの利益を得ていたのかどうかはわかりませんが、姫の同意も得ずに男を閨(ねや)に招き入れています。一度寝てしまうと、あとは男のなすがまま。姫は男に連れられて近江に行きます。

地方からの客人には、性的サービスも提供していました

こんな話もあります。将軍に招かれた客人が、豪華な衣服や食事の接待を受けました。さらに、夜になると侍女がやってきて「主人に言われてマッサージに来ました」と訪ねてきます。主人に「足をもみ、伽をせよ」と言われた、つまりセックスの相手をしてこい、と指示されたと女は言います。それで風通しの良い部屋でセックスをします。

階級社会が成立していたため、主人に従属する女たちは性的関係も主人に支配されていました。このため、地方からの客人などがあると、侍女に性的サービスもさせていたようです。こうした話は、源氏物語などにも登場しますので、ごく一般的な客人接待法だったのでしょう。

このような性的サービスの提供が発展し、後に営利目的に職業化して売春宿に発展します。

平安時代には、仲介者が男性に女性を紹介する仕組みができていました。客人への接待として、侍女を寝室に送り込み、性的な関係も提供していたようです。

Copyright(c) 2013 日本の歴史に見る恋 ~平安時代から近代までの日本人の恋愛模様 All Rights Reserved.