女性の怖さを伝える清姫伝説

いつの時代も女性の恋愛における嫉妬や愛憎と言うものはドラマや小説の題材にもなりますし現実にも愛しさ故にストーカーにまで発展する話はよくあります。今回お話するのは愛憎ゆえの悲劇、清姫伝説のお話です。

清姫伝説

清姫伝説は平安時代の今昔物語に登場するお話で、現在の和歌山県田辺市付近で伝わっています。平安時代の頃の928年、熊野詣にやってきた安珍と言う美形の僧がいました。彼は紀伊国に入って宿を取ろうとこの地の有力者の真砂の庄司清次の屋敷を訪れ、宿を借りました。この家には清姫という清次の娘がいました。彼女は安珍に一目惚れしてしまい、その夜に夜這いを仕掛けようとします。しかし安珍は「自分は僧の身で参拝の途中だから」と言って彼女を断りました。それでも迫ってくる彼女に帰りは立ち寄ると言って彼は屋敷を後にします。その後清姫は彼がやってくるのを待ちましたが安珍は現れませんでした。

因果応報、安珍の悲劇

実は安珍は強引に迫ってくる彼女を恐れて清姫のことを騙して立ち去ろうとしたのです。熊野街道を通る旅人の話で安珍が素通りしていた事を知った清姫は怒り狂い安珍を追いかけます。その姿を見た通りすがりの旅人たちはこの世のものとは思えない形相と噂したそうです。

彼女は安珍に追いつきますが彼は人違いだとさらに嘘をつき、熊野の神様に祈りを捧げて彼女を金縛りにかけさらに逃げ出そうとします。この事に清姫の怒りは頂点に達し、なんと火を吐く蛇に化けて安珍を追いかけだしました。安珍は川を渡り道成寺というお寺に逃げ込みます。安珍はお寺の住職に匿ってくれるよう頼み、下ろした釣鐘の中に隠れました。しかし、その釣り鐘から草鞋の紐がはみ出してしまい、それに気づいた清姫は鐘にぐるりと巻き付くと鐘に火を吹きかけ、そのまま安珍を焼き殺します。彼女は安珍を焼き殺した後、血の涙を流しながらその姿のまま川に入り、自殺しました。

清姫伝説のその後

これが清姫伝説の流れです。このお話には様々な形で伝わっており、後日談も伝わっています。その一つに道成寺の住職のもとに現れて供養してほしいと頼み、住職の法華経によって成仏したと伝わったお話や、別の話では鐘を焼かれた400年後に鐘を再興しようとしますが白拍子の姿をした清姫の怨念により鐘は鐘楼にあがらず、僧侶たちが祈ってなんとか鐘をあげますが怨念のせいで鐘の音が悪く、結局捨てられたというお話もあります。その後200年後の戦国時代に豊臣秀吉の部下、仙石秀久がその捨てられた鐘を見つけ京都に持ち帰ると清姫の怨念を解くために法華宗の総本山の妙満寺に納め、寺の供養によって美しい音色を出すようになりました。この鐘は現在も毎年春には鐘供養が行なわれており、清姫伝説は歌舞伎や人形浄瑠璃などの芸能や浮世絵などの題材にもなり、その関連で妙満寺にはこの伝説を元にした題材を行う時はこのお寺を訪れて舞台安全を祈願するようになり、現在でも芸道精進の祈願として訪れる人がいます。

このお話は日本の歴史、と言うよりも伝説に近いお話に当たります。しかし平安時代の頃から男女の間に愛蔵渦巻く話があり、それが蛇という形を取ると言うには女性の愛憎の深さを表しているのかもしれません。ちなみに現在の和歌山県田辺市には清姫の墓と伝わるお墓や史跡が数多くあります。和歌山県に観光で訪れた際には足を伸ばしてみてはいかがでしょうか?

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