恋愛と結婚は別物

女性を「浮気者」と呼べば、現代では不倫をする人を指しますが、江戸時代には違っていました。非現実的な「恋愛」というものを好む人という意味で使われた言葉で、「艶気者」とも書きました。現実を生きるためには結婚が必要で、そのためには「見合い」という制度が発展します。職業としての「仲人業」もはやります。

仲人はボランティアではなくビジネス

仲人をする女性のことを「仲人かか」(なこうどかか)と呼び、女性の持参金の1割を、結婚相手紹介料として受け取る仕組みがありました。井原西鶴の「日本永代蔵」(にほんえいたいぐら)には、「銀2千枚」の持参金の娘の仕事を請け負った仲人が、必死にお相手を探す話が登場します。

現代の価値にすれば1億くらいの金額ですので、その1割をもらえればひと財産です。仲人はお金のために必死に働き、女性も現実的な計算から男性を評価します。持参金のことを当時は「敷金」と呼び、現代では不動産を借りる時に支払う保証金のことをそう呼んでいます。不動産の「敷金」は、賃貸契約を解除するときには貸主が借主に変換しなければなりませんが、江戸時代の持参金である「敷金」も同じです。

男性側にとっては、なるべく高額の「敷金」を持参する女性と結婚したいと考えるのは当然です。ただし、離婚する際には、夫は妻に敷金を返還しなければなりません。

持参金は高離婚率と高再婚率を生みました

西鶴の「世間胸算用」には、妻の「敷金」を資産運用した場合を計算する男も登場します。30貫目の持参金の女性との結婚話があり、月6厘の利息で預金運用すれば、毎月180匁(もんめ)の利息が入ってくる。そうすれば、妻も奉公人もその金額内でまかなえるので生活が成り立つ、という計算です。

江戸時代の男性の中には、働いて女性を食べさせるのではなく、女性の持参金で生計を成り立たせようと考える人もいたということです。女は「敷金」を支払うことで将来の生活の安定を求めて結婚し、男性は「敷金」を目当てに結婚します。婚姻関係がお金をベースになりたち、恋愛とは完全に切り離されているため、金の切れ目が縁の切れ目ともなります。そのため、江戸時代の離婚率は高く、再婚率も高かったと言われます。

江戸時代の結婚は恋愛とは別物。ビジネスとして結婚を仲介する「仲人」がいて、結婚に際しては女性は持参金である「敷金」を男性に支払いました。お金が結婚の理由であり、離婚率も再婚率も高くなりました。

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