お見合いから結婚まで

「南総里見八犬伝」の作者、曲亭馬琴(滝沢馬琴)の残した「馬琴日記」には、自分の息子の見合いから結婚までのことが詳細に記述されています。そこから、江戸時代の中流家庭の見合いから結婚までの流れを知ることができます。とてもスピーディなものです。

見合いから結婚決定までの進行

馬琴自体は武家の出身ですが、貧しかったため飯田橋の下駄屋に婿入りしました。江戸時代ならではの、お金目当ての結婚です。一人息子が生まれ、松前藩のお抱え医師になります。そこへ、元の武士仲間から見合い話が舞い込みます。

まずは、「釣り書き」(つりがき)の交換です。「釣り書き」とは家系図のついた身元証明の書類のこと。履歴書のようなものです。これで気に入れば、早速お見合いの日取りが決まります。馬琴はすぐに方位を調べ縁起を担ぎます。江戸時代には、こうした縁起担ぎをするのが普通だったようです。お見合いをした翌日には、馬琴は占いくじを買い結婚を決めます。なんと、本人の意思よりもくじを優先して決めてしまいました。

その翌日には先方に挨拶に行き、さらに翌日には先方が挨拶に来て、結納と結婚式の日取りが決まりました。釣り書きのやりとりから、結婚が決まるまで1週間しかかかっていません。恋愛感情や性格的な相性などまったく考慮せず、条件面でのすり合わせだけですので、すぐに結論が出てしまうのでしょう。

結納から結婚まで

結納が決まると、4日後に仲人が馬琴の家を訪れ結納の品を受け取って、お嫁さんの家に持参します。そして、お返しの品を受け取って、戻ってきます。結納品のやりとりはすべて仲人が一人でとりしきり、本人や家族は何もしません。さらに2日後には、嫁入り道具の目録を仲人が届けに来て、2日後には嫁入り道具や引き出物が届きます。

その翌日は結婚式。釣り書きを見てから2週間後には結婚です。仲人が婿を連れて嫁の家に行き、相手の親と酒を酌み交わして親子の契を結びます。婿はすぐに帰り、花嫁の親はほうきで娘を掃き出し、「二度と帰ってくるな」という儀式をします。夕方には花嫁が馬琴の家に到着して、嫁入りとなります。あとは一晩中宴会です。

この時嫁入りした娘は「お路」という名前です。結婚して8年目に夫は亡くなってしまいますが、その後も馬琴の家にとどまりました。馬琴は盲目となり自分で筆を取ることができなくなりますが、この「お路」が口述筆記して、「南総里見八犬伝」が完成したそうです。

江戸時代の結婚はとてもスピーディ。釣り書きを交換して見合いをすればすぐに結婚が決まりました。それでも仲良く暮らす夫婦は多かったのでしょう。

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