強姦にあった時の女性の作法

「強姦」という犯罪はおそらく「売春」よりも古くからあったものでしょう。ただ、犯罪としての意識は現在とは異なっていたのではないでしょうか。男女の婚姻契約もしっかりしたものがなく、処女性についてもあまり気にされていなかった時代には、「強姦」は今よりも軽い犯罪だったに違いありません。

街灯のない時代ですので、夜には町は真っ暗。夜ひとりで女性が出歩けば、「襲われたくて歩いている」と思われても仕方のない状況はあったでしょう。また、都心部をはずれれば、人のほとんど通らない道もあったでしょうから、一人で山道を歩くのも、危険な行為だったに違いありません。殺人事件の犯人が捕らえられる可能性は今より格段に低い時代ですので、山道などで暴漢に襲われたときに、抵抗すれば殺されるリスクは高かったはずです。「無抵抗」が身を守る最善策でした。

なすがまま、されるがまま

「今昔物語」に「鳥部寺に詣でし女、盗人に会へること」という話があります。30才の容姿端麗な妻がお供の侍女を連れて鳥部寺にお参りにいったところ、美男子と出会います。この男は、寺の中に侍女を引き入れて、「言うことを聞かないと殺す」と脅します。お寺は山の中の寂しい場所にあるため騒いでも誰にも声は届きません。男の言うなりに侍女は衣を脱ぎはじめ、すべて脱いで裸になります。

男はその衣をとって、こんどは30才の妻の手をひき仏の後ろに連れていき、強姦します。妻は、抵抗しても仕方がないのでされるがままにおとなしくしていました。性行為が終わると、男は妻の衣も盗ってそのまま山中に逃げて行ってしまいます。衣装がなくて困った二人は、裸のまま寺の僧のもとへいき、衣装を借りそれを着て帰ります。

今昔物語の語り手は「こんなこともあるので、無思慮な女性の出歩きはやめるべきです。それにしても、男は強姦したのなら、衣は盗るべきではありませんでした。あさましい男です」と述べています。強姦そのものよりも、服を盗んだことを責めています。

他にも、妻と二人で山道を歩いているときに、男に襲われて夫は木に縛り付けられ、妻は無抵抗に服を脱ぎ強姦される話もあります。これについては、「男は妻の衣を盗まなかったので、たいそう感心だ」と書かれています。現代の感覚とは大きく異なります。

平安時代には、強姦にあった時の対処として、服を脱げと言われれば脱ぎ、黙って従うことが普通だったようです。命を危険にさらすくらいなら、抵抗しないで言いなりになった方がマシだという考え方だったのでしょう。

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