政権を転覆させた?玉藻の前

日本には女性の愛憎が関わった伝説や昔話も多々あります。その内の一つが平安時代末期に登場した玉藻の前伝説です。

男を手玉に取る妖婦、玉藻の前伝説とは

玉藻の前の伝説は14世紀後半の南北朝時代の本に記録されています。平安時代末期の鳥羽上皇の寵姫として登場し、藻女と呼ばれる女性で子供に恵まれなかった夫婦によって育てられました。18歳になり美しく成長すると宮中で鳥羽上皇の女官として仕えるようになると、その美しさと博識ぶりから寵愛を受けるようになり、玉藻の前と呼ばれるようになりました。しかしその後鳥羽上皇が病気になることが多くなり、医者も原因がわからずじまいになり、どうすることも出来ませんでした。

陰陽師に見破られ退治される

この事態を見破ったのは陰陽師でした。一説には陰陽師として有名な安倍晴明が見破ったと言われています。陰陽師の真言で変化が説かれると彼女は九尾の狐の姿となり逃走しました。その後、現在の栃木県で若い女性の行方不明事件が朝廷でも知られるようになると九尾の狐の仕業として討伐軍を編成させました。討伐軍は九尾の狐を見つけると早速攻撃しますが妖術の前に敗北、そこで犬を狐に見立てた訓練を行い、再び攻撃を開始。九尾の狐を追い詰めます。その後討伐軍の将軍の夢枕に現れて許しを請いますが、将軍は弱っていると判断し総攻撃を行い討ち取られました。

この際に九尾の狐は巨大な毒を放つ石となります。これが現在も観光地として有名な殺生石です。その後、この石は近づく人間や動物の命を奪いますが南北朝時代に玄翁和尚によって壊されたと言われています。

大陸からやってきた九尾の狐

実はこの玉藻の前の伝説は元々中国や韓国から伝わったものです。特に有名なのは古代中国の殷を滅ぼす原因になった紂王とその后、妲己です。この妲己が紂王の妾を殺して化け、彼をそそのかして酒池肉林にふけると国を滅ぼす原因を作ったと言われています。その正体は九尾の狐だと言われていました。後に若藻という少女に化けて吉備真備らの乗る遣唐使船に乗って日本にやってきたと言われています。この中国の話が日本に伝わり、玉藻の前の伝説が作られたと言われています。

玉藻の前にはモデルがいる?

この玉藻の前はもちろん実在の人物ではありません。しかし、モデルとなった人物がいると言われています。それが史実の鳥羽上皇の寵愛を受けたと言われる女性、藤原得子です。彼女も藤原摂関家のような名門の出ではないのにもかかわらず、鳥羽上皇の寵愛を受けると自分の子供を天皇に即位させようと鳥羽上皇の最初の妻だった藤原璋子を失脚させ、後に崇徳上皇や藤原頼長などの有力貴族と対立して保元の乱を起こすきっかけを作りました。これが原因で平清盛が台頭し、結果武家政権が成立することになったと言われています。この自分の子を権力の座につけるために権謀術数のはてにそれまでの貴族による政治を崩壊させ武士の世になる切っ掛けを作ったという点では確かに殷を滅ぼした妲己にかぶるところが有るかもしれません。

その後この話は室町時代には成立し、江戸時代には人形浄瑠璃や歌舞伎、滝沢馬琴ら小説などの題材になり、人々に楽しまれました。また中国では玉藻の前の前の姿、妲己は現代でも悪女の一人、そして妖艶な美女の代名詞として使われているよううです。

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