縁談に向かう船の中で燃えあがってしまった恋

気位の高い女性というものは、めったなことでは男性に身体を許さないものです。それは、江戸時代も明治も、そして現代においても同じでしょう。ただ、良妻賢母が求められた江戸時代から明治に変わると、女性が男性に言い寄ったり、出会ったその日に性的関係を結んでしまったりするようなことが起こり得る時代になりました。佐々木信子という女性は、医者の娘として生まれ、母は敬虔なカトリック。まじめな女性として育てられてきました。国木田独歩や有島武郎と交流をもつインテリで、どこから見ても貞淑な女性です。しかし、その見た目とは裏腹に、セックスに関してはブレーキのきかないタイプだったのです。

国木田独歩に言い寄られて、貧乏生活にどっぷりつかってしまった!?

良家の娘で豊かな生活しか経験したことのなかった佐々木信子。当然ながら、貧乏な暮らしというものがどう言うものなのかを知りません。国木田独歩は「国民新聞」の記者でしたが、当時の新聞記者の給料などたかが知れています。そういう男性と付き合えば、貧しい生活しかできないことは明らかなのに、信子は独歩に言い寄られるとすぐに体を許してしまいました。彼女は品の良い女性でしたが、性に関しては貪欲だったのです。

一度性的に結ばれると、信子は毎日一緒に暮らしたいと考えるようになります。そこで親に相談することなく、独歩との結婚を決めてしまいました。しかし、いくら愛があっても性的な満足があろうとも、お金がなければ生活は成り立ちません。特に、生まれたときから豊かな暮らししか経験したことのなかった信子にとっては、貧しい暮らしというものは、想像を絶する悲惨なものでした。逗子で独歩との新婚生活を始めた信子は、わずか四か月で耐えられなくなり、実家に戻ってしまったのです。

縁談が進んでいたのに、船上で男と結ばれてしまった「或る女」

有島武郎の代表作と言えば、「或る女」。実は佐々木信子はそのモデルとなった女性です。有島自身も信子に大して密かに恋心を抱いていたのですが、彼はそれを打ち明けることができません。独歩と別れてひとり身になった信子に、「友人を紹介しよう」と持ちかけました。お相手は有島の親友・森広です。森広は北大を卒業してアメリカで働くインテリ男性。二度目の結婚相手としては申し分のない男です。

信子をアメリカに渡らせる手はずを整えたのは有島武郎。彼は、信子を港まで送り届けます。あとは船がアメリカに到着するのを待つだけ、のはずでした。しかし、ここで大事件が起こります。何と、信子は船上で船の事務長である武井とできてしまったのです。知性はまったくないものの、武井のごつい肉体は信子にとっては最高のごちそうに見えたのでしょう。船の上で毎日愛を交わすうちに、信子は森広との結婚を忘れていきます。アメリカに到着したころには、心も体も武井のものになり、下船することなくそのまま日本に戻ってしまいました。

これに腹を立てたのは有島武郎。自分が密かに恋い焦がれる女性を、親友の嫁にとすすめたのに、セックスの強い男に横から奪われてしまった。その口惜しさを「或る女」の創作にぶつけたのです。小説の中では、主人公の女はしだいに正気を失い、自殺願望におちいっていきます。

実際の信子は72才まで長生きし、栃木の田舎で賛美歌を歌いながら楽しく生涯を送ったそうです。有島も武井も独歩も、50才前後でなくなっています。奔放に生きた女性の方がたくましかったと言えるのかも知れません。

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