人妻と姦通して訴えられた北原白秋と、したたかな女・俊子

北原白秋と言えば、「邪宗門」や「思ひ出」などの詩集や数々の童謡・歌謡などで知られる、わが国を代表する詩人です。美しい文章を優雅にあやつり、特に女性からの人気が高く、明治から大正時代には一世を風靡(ふうび)しました。もともとは良家のお坊ちゃまで熱血漢。そんな白秋の前に現れたのは、いたいけな人妻俊子。隣家に暮らす俊子は、人目を引く美人でした。

夫の暴力に苦しんでいた彼女は、やさしい独身男である白秋に、家庭不和の問題をしばしば相談に訪れました。そうした男女が深い関係になるのに時間はかかりません。しかし実は、俊子はなかなかのしたたか女だったのです。

姦通罪で監獄に入れられた北原白秋

俊子の夫は新聞社のカメラマンで、ハーフの美女を愛人にするなど女遊びが激しく、おまけに俊子に暴力をふるうサディスティックな男でした。毎日のようにDV被害にあっていた俊子は、隣家の紳士白秋に相談に訪れます。美しい女が毎日のように自分の家の門をくぐり、涙を流して夫婦生活の不満を述べるのを聞いていれば、メラメラと性欲が高まるのは男として仕方がありません。しかし、白秋は節度をもった紳士です。どんなにムラムラしても俊子に手をだすことはありませんでした。

そんなある日、俊子が「夫に離婚された」と告白します。それを聞いた白秋は、機は熟したとばかりに俊子と肉体関係を結びました。それまで抑えていた欲情が一気に爆発したのです。しかし、実際には正式な離婚は成立していませんでした。妻と白秋との「不倫」を知った夫は、警察に訴えます。俊子と白秋は監獄に拘留され、新聞は「人気詩人がとんでもない姦通をした」と騒ぎ立てました。俊子の夫が新聞社に勤めていたために、余計にひどく騒がれたのです。

結局、いい思いをしたのは俊子だけ

俊子の夫に多額の慰謝料を支払い出獄した後、白秋は自殺未遂を起こします。詩人としての名声を失い、愛人も失って錯乱状態に陥っていたのです。しかし、運よく俊子と再会してふたりは結婚します。普通ならこれで、「めでたしめでたし」となるのですが、事実は物語ほどロマンチックには終わりません。「隣家の人妻との許されない恋」であったうちは燃えあがった気持ちも、妻として手に入れ共に暮らしてみると、思ったほどには楽しくありません。性生活も「危ない恋」の頃ほど興奮しません。

おまけに俊子はわがままでハデ好き、金づかいもあらく、白秋の言うことにいちいち反発もします。共に暮らす白秋の両親や弟との折り合いも悪く、家族の不仲を解消するために、白秋夫妻は家を出て、夫婦だけの生活を始めますが、それもうまくいきません。結局、結婚生活は1年2か月でおしまい。高い代償を払った恋となりました。その後白秋は詩人の江口章子と結婚しますが、晶子の不貞を疑い離婚しています。最初の結婚がうまくいかなかったために、猜疑心が強くなってしまったのかも知れません。

白秋と別れた後の俊子は金持ちの医者と再婚。数年後に夫は多額の財産を残して早逝します。それ以降は結婚することはなく、茶の湯を教えながら、弟子たちと優雅に楽しい人生を謳歌。白秋よりずっと長生きしました。実にしたたかな女性だったのです。

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