親鸞上人の愛と欲情

仏教界には、「妻帯してはならない」「ふしだらな欲望を抱いてはいけない」という厳しい戒律が存在しました。しかし、その教えに疑問を呈し、抵抗したのが、親鸞です。彼は人間の欲望をありのままに受け止めてこそ、悟りの境地に到達できるという信念を持っていて、僧の身でありながら二度の結婚を果たします。そんな親鸞上人の生き様から見えてくる愛と性欲とは?見ていきましょう。

ある女性との出会い

仏教の教えを受ける僧侶として初めて妻帯したといわれる親鸞。彼が「セックスも結婚もしてはならない」という教えに疑問を呈すきっかけとなった、とあるエピソードがあります。

それは、親鸞が26歳のとき。比叡山で修行に励んでいた頃の話です。とある別寺の前で、美しい女性に声をかけられます。その女性に、「叡山に連れて行ってほしい」と頼まれますが、比叡山は女人禁制の山。その旨を女性に伝えると、思わぬ言葉が返ってきたのです。

「このお山には、鳥や獣のメスがたくさんいます。鳥獣のメスは入れるのに、人間の女だけ立ち入りを許さないというのは、全ての生き物は平等であるという仏の教えに反するのではありませんか?」

女性の核心を突いた鋭い言葉に、親鸞ははっとさせられます。厳しい修行に精励刻苦する僧侶を論破するほどの賢明さと気丈な精神を持ったその女性は、さぞかし魅力的に映ったでしょう。親鸞が彼女に何らかの感情を抱いた可能性もなくはありません。

観音様に抱かれる夢

比叡山の修行に疑問を感じるようになった親鸞は、山を下りる決断を下します。そして、聖徳太子が建立したといわれる京都の六角堂を訪れます。その堂に祀られた観音像に、人間が救われる真の道を必死に尋ねました。ある日の夜、親鸞の夢の中に、僧侶の姿をした観音様が現れ、次のように説いたのです。

「お前は女性の裸を見て、我慢ができないのだろう?ならばよろしい。もし禁を破って女性と行為に及びたくなっても、私が女身となって交わってやろう。そして浄土の世界へと導いてやるので、この世に光りを照らしなさい。お前の教えを説いて民を苦悩から救いたまえ」

親鸞が東方の山に目を向けると、いつの間にか数千万の人々が集まっています。先ほどの観音様の言葉を集まった聴衆に語ったところで、親鸞は目を覚ますのです。これが有名な「女犯の夢告」といわれるエピソードです。観音様から「もし女を抱きたくなったら代わりに私が抱かれてやろう」という言葉をもらった親鸞は、それまでの苦悩から解放され、妻帯することを決意します。

妻・恵信尼との恋愛

親鸞は、生涯二度の妻帯を果たしたといわれます。いずれも推論のみで、史実として確定しているわけではありません。しかし、そのうちの恵信尼という女性との結婚は、信憑性の高い資料がいくつか見つかっており、親鸞の妻であったとする説は有力です。

念仏集団が弾圧される事件に巻き込まれた親鸞は、流罪の身となって越後国に流されます。そのとき、一緒に付き従って25年間暮らしたといわれるのが、恵信尼です。親鸞と恵信尼の交流は、西本願寺から発見された親鸞直筆の手紙が詳細に伝えています。親鸞が多数のラブレターを送っているほどで、二人の熱愛ぶりがうかがえます。

恵信尼は越後で流刑の身となった親鸞の身の回りを甲斐甲斐しく世話し、その最後を看取ったともいわれます。親鸞なきあとは、僧侶の身で妻子を持つ人がたくさん現れました。「人間はありのままの姿でこそ救われる」親鸞の教えの賜物といえるでしょう。

Copyright(c) 2013 日本の歴史に見る恋 ~平安時代から近代までの日本人の恋愛模様 All Rights Reserved.